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 2018年1月7日に歌手のフランス・ギャルが亡くなりました。去年の12月7日にジョニー・アリデーが亡くなっているので、フランスは二人の大スターを続けざまに失ったことになります。
 残念ながら日本ではあまり認識されていないのですが、フランス・ギャルの歌手としての本格的なキャリアは70年代半ばのミシェル・ベルジェとの出会いから始まりました。こういうことを云うと、60年代のフランス・ギャルに対する思い入れが強いファンは嫌に思うのかもしれません。でも、たとえばマリアンヌ・フェイスフルのことを考えてみてください。マリアンヌ・フェイスフルは60年代にアイドル的な存在でしたが、長いスランプの後に復活し、79年のアルバム『ブロークン・イングリッシュ』以後は本格的なロック歌手として認識されるようになりました。「マリアンヌ・フェイスフルといえば60年代だ、80年代以後のマリアンヌ・フェイスフルは認められない」というファンもいるでしょうし、「いや、私はどっちのマリアンヌ・フェイスフルも好き」というファンもいるでしょうが、「『ブロークン・イングリッシュ』以後のマリアンヌ・フェイスフルが好きなので、60年代のマリアンヌ・フェイスフルにはあまり興味がない、60年代のマリアンヌ・フェイスフルは参考程度にしか聴いたことがない」というファンがかなり多いでしょう。フランス・ギャルもこれと似たような存在なのです。「60年代はアイドルだったが70年代以後は大人になった」ということばをよく見かけるけれど、これはどうも変な言い方で、むしろ「70年代以後の活動からすると、マリアンヌ・フェイスフルと同様に、それ以前の活動がエピソードに思える」と云ったほうがいいように思われます。
 マリアンヌ・フェイスフルとは違って何か大きなスキャンダルがあったわけではありませんが、60年代末になるとフランス・ギャルは飽きられてしまいました。「16歳のときにはお金をもっていたのに、20歳のときには一文なしになってしまった」とフランス・ギャル(1947年生まれ)は回想しています。1968年にフィリップスとの契約が切れた後の別の新レコード会社La Compagnieはまったくうまく行かず、ヒット曲がないまま数年が過ぎますが、1973年にフランス・ギャルは偶然カーラジオでミシェル・ベルジェのAttends-moiという歌を聞き、この人に曲を書いてもらうしかないと考えます。

 こうしてフランス・ギャルは自ら求めてミシェル・ベルジェと会い、当時録音していたデモテープを聞かせて、曲を書いてくれるようにお願いします。このときミシェル・ベルジェはそのデモテープの曲を聞いて、まったくひどい代物だと云ったそうです。また、フランス・ギャルはくだらない歌ばかり歌う歌手なので、曲を提供することをかなりためらったと云われています。
 ようやく半年後にミシェル・ベルジェはフランス・ギャルに曲を書くことを承諾し、La Déclaration d’amourという6年ぶりのヒット曲が生まれました(74年5月発売)。「私が本当に生まれたのはこのときだ」とフランス・ギャルは回想しています。

 1976年1月には自らの名前を冠したアルバムFrance Gallが発売されますが、フランス・ギャルはこの再デビュー作を自分のファーストアルバムと呼んだそうです。音楽ジャーナリストのリシャール・カナヴォはこのアルバムのことを「60年代のフランス・ギャルをかき消すもの」と評しました。
 この年の6月にフランス・ギャルとミシェル・ベルジェは結婚し、92年にベルジェが亡くなるまでフランス・ギャルは7枚のアルバム(最後の一枚Le Double Jeuはミシェル・ベルジェ&フランス・ギャルの連作名義)を発表しますが、これらのアルバムの詞曲は全てベルジェによるものでした。
 ベルジェの死後の96年にもベルジェ作の歌を再録音したアルバムFranceを出しますが、97年に娘が難病で亡くなってからは、亡くなるまで新作を出すことがありませんでした。

 それではフランス・ギャルが以前くだらない歌を歌っていたので曲を提供することをためらったというミシェル・ベルジェは、どのような歌をこの歌手のために書いたのでしょうか。今回は3枚目のアルバムParis, Franceの冒頭を飾る曲、Il jouait du piano deboutの歌詞を紹介しましょう。
 Paris, Franceは1980年に発表されたアルバムで、この歌は1980年の夏の大ヒット曲になりました。これはシングルの売上からいってフランス・ギャルの最大のヒット曲で、アルバムジャケットのフランス・ギャルというアーティスト名の下にこの歌の題名が見えるものもあります。

 このアルバムParis, Franceはまた、フランス・ギャルのバックバンドの要となる元マグマのベーシスト、ジャニック・トップが初めて参加したアルバムでもあります。80年頃にはフランスの音楽に対する関心を失ってしまっていた日本ではあまり知られていないとはいっても、ジャニック・トップがベーシストとしてバンドリーダーを務めていた時期がフランス・ギャルの黄金期でした。
 「彼は立ってピアノを弾いていた」というこの歌のモデルはエルトン・ジョンだと考えられることがありましたが、2004年発売のCD二枚組ベスト盤Évidemmentのフランス・ギャル自身による解説に、この歌のインスピレーションは、「火の玉ロック」などのヒット曲で知られるロックンローラー、ジェリー・リー・ルイスだと書いてあります。ジェリー・リー・ルイスは若くして大スターになったもののすぐに不遇を経験したので、それがフランス・ギャルと重なると考えられるかもしれません。この歌は他のみんなと違った存在であることの大切さを歌った歌です。

 では最初から歌詞を見ていきましょう。手元にあるCDには歌詞カードがついていないのでインターネット上の歌詞サイトを参考にしていますが、この手のサイトは全て不正確と決まっているので、細かいところでは歌詞の間違いがあるかもしれませんが、その辺は大目に見てください。
 まず最初に「直訳」を提示し、最後に全訳を示すので、解説が面倒臭い人には飛ばして最後の全訳だけ読むことをお勧めします。

Ne dites pas que ce garçon était fou
Il ne vivait pas comme les autres, c’est tout
Et pour quelles raisons étranges
Les gens qui ne sont pas comme nous
Ça nous dérange ?

Garçon (n. m.)◇英語のboyよりもずっと広い年齢層に対して用いられることに注意。/Déranger (v. t.)◇「邪魔する」の意味だが、「気に障る」、「目障りに感じる」程度の意味。

 「この男は頭がおかしかったなんて云わないで。他のみんなと同じように生きていなかった、ただそれだけ。それにどのようなおかしな理由のせいで、私たちのようではない人々は私たちの気に障るのだろうか」
 Çaはles gensを受けているけれど、これは口語的な語法です。
 どうでもいい話ですが、フランス国営テレビFrance 2の正しい歌詞で歌を歌うことが求められるクイズ番組N’oubliez pas les parolesでは、ここでça nous dérangeを二度繰り返したために不正解扱いされるという不幸な事件が何度も起きています。確かにスタジオ版でフランス・ギャルはここでça nous dérangeを一度しか歌っていませんが、二度繰り返しているライヴ録音も存在します。

Ne dites pas que ce garçon ne valait rien
Il avait choisi un autre chemin
Et pour quelles raisons étranges
Les gens qui pensent autrement
Ça nous dérange, ça nous dérange ?

 「この男は何ものにも値しなかったとは云わないで。彼は別の道を選んだのだ。それにどのようなおかしな理由で、人と違う風に考える人々は私たちの気に障るのだろうか」
 ここではça nous dérangeを繰り返していますね。

 次はコーラス部分です。

Il jouait du piano debout
C’est peut-être un détail pour vous
Mais pour moi, ça veut dire beaucoup
Ça veut dire qu’il était libre
Heureux d’être là malgré tout

Vouloir dire◇「意味する」の意味。

 「彼は立ってピアノを弾いていた。たぶんあなた方にとっては細かいことだ。でも私にとっては多くを意味する。彼は自由だった、何があろうとそこにいて幸せだったということを意味する」

Il jouait du piano debout
Quand les trouillards sont à genoux
Et les soldats au garde-à-vous
Simplement sur ses deux pieds
Il voulait être lui, vous comprenez

Trouillard (n.)◇「臆病者」。俗語的な単語。J’ai la trouilleは「怖い」という意味。/Garde-à-vous (n. m. inv.)◇「気をつけの姿勢」。Garde-à-vous !で「気をつけ!」。

 「彼は立ってピアノを弾いていた。臆病者は膝をつき、兵隊は気をつけをしているのに。二本の足で立つことだけによって、彼は自分でありたいと思っていたのだ。わかるでしょう」
 臆病者は人と違う風になりたいと思いながらそうできない人々で、兵隊は全員同じような人々のこと。Quandは「~のとき」ではなく対立を意味します。Quand節の動詞が現在形であることに注意してください。

Il n’y a que pour sa musique qu’il était patriote
Il serait mort au champ d’honneur pour quelques notes
Et pour quelles raisons étranges
Les gens qui tiennent à leurs rêves
Ça nous dérange ?

Patriote (n.)◇「愛国者」。/Champ d’honneur◇「戦場」。Mourir au champ d’honneurは「戦死する」。/Tenir à◇「執着する」。

 「彼が愛国心をもつのは自分の音楽に対してだけだった。いくつかの楽音のためにでも戦死したことだろう。それにどんなおかしな理由によって、自分の夢に執着する人々は私たちの気に障るのだろうか」
 Il n’y a que pour sa musique qu’il était patrioteはIl n’était patriote que pour sa musiqueのpour sa musiqueを強調した形ですが、ちょっと奇妙に感じられます。破格構文ではありません。

Lui et son piano, ils pleuraient quelques fois
Mais c’est quand les autres n’étaient pas là
Et pour quelles raisons bizarres
Son image a marqué
Ma mémoire, ma mémoire ?

 「彼とそのピアノはときどき泣くことがあった。でもそれは他の人がそこにいないときだった。それにどんな奇妙な理由によって、彼のイメージが私の記憶に残ったのだろうか」
 ここではこれまでのétrangesに代わってbizarresという形容詞がraisonsを修飾していますが、これはmémoireと韻を踏むためで、意味はそれほど変わりません。ここまではétrangesがdérangeと韻を踏んでいました。

Il jouait du piano debout
C’est peut-être un détail pour vous
Mais pour moi, ça veut dire beaucoup
Ça veut dire qu’il était libre
Heureux d’être là malgré tout

 ここは繰り返しです。

Il jouait du piano debout
Il chantait sur des rythmes fous
Et pour moi ça veut dire beaucoup
Ça veut dire : “Essaie de vivre”
“Essaie d’être heureux, ça vaut le coup”

Rythme (n. m.)◇「リズム」だけど、英語のrhythmと違ってフランス語ではHが一つだけだということに注意しましょう。

 「彼は立ってピアノを弾いていた。激しいリズムに合わせて歌っていた。それは私にとって多くを意味する。『生きようとしなさい、幸せになろうとしなさい、それにはそれだけの価値がある』」

 そして最後にコーラス部分が繰り返されます。

 では最後に歌詞の全訳です。

男は立ち上がりピアノを弾いた(フランス・ギャル)

奴は頭がおかしかったなんて云わないで
生き方が他の人と違っただけ
いったいどういうわけで
考え方が違う人のことが
こんなに気になるのか、ちょっとおかしい

奴はろくでなしだったなんて云わないで
彼は違う生き方を選んだの
いったいどういうわけで
自分と違う人のことが
こんなに気になるのか、ちょっと不思議

男は立ち上がりピアノを弾いた
些細なことに思えるかもしれないけど
私にとっては大きな意味がある
それは彼が自由だったということ
とにかくそこにいられて幸せだったということ

男は立ち上がりピアノを弾いた
臆病者はひざまずき
兵士は気をつけをしているのに
二本の足で立つことで
自分自身であろうとしたのよ

男は音楽だけに忠誠を誓っていた
音符のために戦死してもいいくらいだった
いったいどういうわけで
夢を追い続けるひとのことが
こんなに気になるのか、ちょっとおかしい

男はピアノと涙を流すこともあったけど
それは人に見られていないとき
いったいどういうわけで
あの人の姿が私の記憶に
焼きついているのか、ちょっと変ね

男は立ち上がりピアノを弾いた
些細なことに思えるかもしれないけど
私にとっては大きな意味がある
それは彼が自由だったということ
とにかくそこにいられて幸せだったということ

男は立ち上がりピアノを弾いた
激しいリズムに合わせて歌った
私にとっては大きな意味がある
それは「生きなさい、幸せを目指しなさい
そうするだけの価値があるから」ということ

男は立ち上がりピアノを弾いた
些細なことに思えるかもしれないけど
私にとっては大きな意味がある
それは彼が自由だったということ
とにかくそこにいられて幸せだったということ

男は立ち上がりピアノを弾いた
臆病者はひざまずき
兵士は気をつけをしているのに
二本の足で立つことで
自分自身であろうとしたのよ

 きわめて平易なことばでわかりやすいメッセージを歌う歌ですが、この歌詞が軽快でポップなメロディに乗せて歌われたことが大成功の理由だったのでしょう。
 フランス・ギャルはミシェル・ベルジェが自分のために書いた最初の歌がLa Déclaration d’amourだったことに最初はがっかりしたと回想しています。リズミカルな歌を期待していたのに、バラードだったからです。それほど歌の技術に恵まれていたわけではなかったフランス・ギャルはリズムということをよく云い、自分のリズムに対する考え方がミシェル・ベルジェの考え方と合っていると云っていました。リズミカルな歌が自分の得意であることを知っていたフランス・ギャルにとっては、Il jouait du piano deboutのような歌こそが自分にぴったりのものだったでしょう。

 ミシェル・ベルジェは、フランス・ギャルの前の恋人だったヴェロニク・サンソンとともに、フランスのポップスに新しいピアノの使い方を導入したと云われています。それまでフランスのポップスで、ピアノはバラード向きの楽器でしたが、この二人がピアノのリズミカルな奏法を始めたというのです。きっとその奏法は50年代の米国のロックンローラーたちにヒントを求めたものだったでしょう。このジェリー・リー・ルイスをモデルにした歌、Il jouait du piano deboutは、表面的にはロックンロールではないけれど、その多幸感ゆえに涙を誘うような「ロックンロールの魔法」を感じさせる数少ないフランスの楽曲のひとつなのです。
この記事を読んでフランス・ギャルというアーティストに興味をもった人は、ぜひ38曲入りのCD2枚組のベスト盤Évidemmentを聞いてみてください。

 最後に、フランス・ギャルの歌を中心にしたミシェル・ベルジェの曲のプレイリストを作成したので、時間があるときにでもご覧ください。全25曲です。


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